タイヤの空気圧、高いとどうなる? 低いとどうなる? レースにおける“正解”はひとつにあらず【タイヤのプロに聞いてみた】

タイヤの性能を左右する重要な要素である“空気圧”。この空気圧を上下させることで、具体的にどのようなことが起こるのか?

Tyre

 モータースポーツにおける最も重要な要素のひとつである「タイヤのグリップ」について、横浜ゴムのモータースポーツタイヤ開発部 技術開発2グループの高口紀貴氏(以下敬称略)の解説から紐解く本企画。前回は「グリップとは何か?」「グリップを得るために必要な要素」などを中心に紹介したが、今回のテーマとなるのは「空気圧とグリップの関係」だ。

 ご存知の通り、タイヤのゴムとホイールとの“間”には空気が入っている。この空気の圧力、つまり空気圧はタイヤのパフォーマンスに大きな影響を与える。

 例えば、空気圧を上げれば全体の剛性が上がり、変形しにくいタイヤとなる。そのため走行中のたわみが少なくなることでタイヤが転がる際の抵抗が小さくなり、直線スピードの向上が期待できる。しかしながら変形しないために接地面積も小さい。一方で空気圧を下げた場合はその逆で、剛性が下がって変形しやすいタイヤになる。つまり接地面積が増えることになる。そのため一般的には、「空気圧を下げることでグリップが向上する」という解釈をしている方も多いのではないだろうか。

 しかし、高口は一概にそうとは言えないと語る。

 前回も紹介した通り、タイヤはコーナリングの際に横向きの力を受けた際、コーナーに対してイン側が浮くような形となり、接地形状がハガキ型から“おむすび型”(アウト側の接地幅が広く、イン側の接地幅が狭い)へと変形してしまう。空気圧の低いタイヤはこの接地形状の変化が顕著となってしまうことで、コーナリング時はむしろ接地面積が減ってグリップが低下してしまうというのだ。

野尻智紀 Tomoki Nojiri(MUGEN)

野尻智紀 Tomoki Nojiri(MUGEN)

Photo by: Masahide Kamio

 では、逆を返せば空気圧の高いタイヤの方がコーナリング性能が高いと言えるのか? と聞くと、高口は「そこが難しいんですよね……」と一言。さらにこう続けた。

「空気圧を上げると、接地面積が小さくなっていきます。そうなると“接地圧”が上がります」

「空気圧=接地圧と考えていただいて結構です。接地圧が上がっていくと、本来変わらないはずのミュー(摩擦係数=タイヤと路面が“そこに居続けようとする”力を示した値。グリップを司る要素のひとつ)がどんどん変わっていきます。ゴムの場合は、接地圧が上がるとミューが下がっていくんですね。そういう意味では、空気圧が上がるとコーナリングフォースは下がっていくと言えます」

 つまるところ、空気圧は高過ぎても低過ぎてもコーナリング性能に悪影響を与えるということのようだ。前回高口が解説したように、タイヤ開発競争が繰り広げられるスーパーGTでは「タイヤの力をうまくいなして接地形状を作り出すメーカー」がある一方で「硬く、とにかく踏ん張って接地形状を維持するメーカー」も存在する。設計思想次第で様々な方向性があるため、一元的に語ることはできないという訳だ。

■なぜ空気圧を下げたがるのか?

 ただ、スーパーフォーミュラやスーパーGTの現場でチームやドライバーに取材をしていても、やはり「空気圧をできるだけ下げてグリップを確保する」といった言葉を耳にすることが多い。ここまでの話を総合すると、空気圧の下げ過ぎはコーナリング性能の低下を招くと考えられるため、これらのコメントは辻褄が合わないようにも思える。

 それはなぜなのか? そのカラクリについて、高口は次のように解説する。

「実はこれ、制駆動力に関しては(空気圧を)下げれば下げるほど良くなっていくんですよね」

「タイヤの前後方向の変形は(横方向の変形よりも)少なく、接地面積は維持されます。だからミューを稼ぐために接地圧(空気圧)を下げるんです。そもそも、前後方向(制駆動方向)の力のほうが、横方向(旋回方向)の力よりも大きいです。コーナリング性能を多少犠牲にしても、前後方向の力を上げるというのは選択肢としてあります」

Sena Sakaguchi, JMS P.MU/CERUMO・INGING

Sena Sakaguchi, JMS P.MU/CERUMO・INGING

Photo by: Masahide Kamio

「特にフォーミュラカーで言えば、理想はストップ&ゴーの能力が高いクルマ、旋回時間が限りなく短いクルマです。速く走るためには旋回性能はあまり必要なくて、制駆動力の方が重要なんですよね」

「ただ、それもドライバーによりますけどね。オーバーテイクを狙うとなるとコーナリング性能は重要になりますし、ドライバーの嗜好は大いに出てくると思います」

 グリップには、コーナリング性能を司る横方向のグリップと、制動力・駆動力を司る前後方向のグリップがある。空気圧を下げた場合、前者は低下する恐れがあるが、後者に関しては下げれば下げるほど向上していく……この2種類のグリップを天秤にかけた結果、前後方向のグリップの確保が優先されているということだろう。

■空気圧を下げるとなぜ“壊れやすい”のか

 ただ、空気圧を下げ過ぎることの問題点は他にもある。タイヤの安全性が担保できなくなる、つまりタイヤが“壊れて”しまうという点だ。よって高口としては、空気圧を下げることを是とする訳にはいかないようだ。

 タイヤが壊れるのはなぜなのか? それについて高口はこう解説する。

「空気圧が下がると、(路面と接地した)タイヤが潰れていきます。潰れるだけならいいんですが、回転することで伸びて、潰れて、伸びて……を繰り返すことで一部のゴムが蓄熱してしまい、そこから壊れてしまいます」

Carlos Sainz Jr., McLaren MCL35, heads into the pits with a front puncture

Carlos Sainz Jr., McLaren MCL35, heads into the pits with a front puncture

Photo by: Andy Hone / Motorsport Images

「タイヤのゴムは、100数十℃ほどで沸騰、破裂します。また、ゴムは引っ張るといつかは切れるものですが、温度が上がり過ぎると本来欲しい硬さよりも柔らかくなってしまい、“切れる力”が変わります。硬いうちは強い力でないと切れませんが、温度が上がると弱い力でもすぐ切れてしまう。そうなると、ベタベタしていてミューは高くとも、うまく力が伝わらなくなってしまいます」

 タイヤのゴムは発熱し、柔らかくなってこそグリップを発揮する。しかし、発熱し過ぎると今度は性能が落ち、さらに信頼性にも影響を及ぼすのだ。

 このように、タイヤのグリップを巡っては様々な要素が複雑に、繊細に絡み合っている。『正解がない』と言うべきか、それとも『正解がひとつではない』と言うべきか……とにもかくにも、ドライバーやチーム、そしてメーカーのスペシャリスト達でさえも日々タイヤに頭を悩ます理由の一端が、お分かりいただけたのではないだろうか。

 
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