“タイヤ戦争”が現存する数少ないレース、スーパーGT。その進化は強烈……元F1チーフエンジニアがブリヂストン復帰で仰天「こりゃすごいや!」
マクラーレンF1で上級エンジニアとして活躍した今井弘氏は、16年ぶりにブリヂストンへ復職した。同社が参戦するスーパーGTでは未だ複数メーカーによるタイヤ開発競争が行なわれているが、今井氏はそこで開発されるタイヤを見て度肝を抜かれたという。
写真:: Masahide Kamio
『タイヤ戦争』『タイヤウォーズ』——。往年のレースファンにとっては聞き馴染みのある単語かもしれないが、最近はすっかり見聞きする機会も少なくなった。
タイヤ戦争とは、レースカテゴリーにおいて複数のメーカーがタイヤを供給し、その中で繰り広げられる開発競争を指す。F1においては1990年代にブリヂストンvsグッドイヤー、2000年代にはブリヂストンvsミシュランによるタイヤ戦争が勃発してレースを盛り上げたが、2007年以降は単一メーカーのワンメイク供給となっている(現在はピレリが供給)。
その他シングルシーターカテゴリーやスポーツカーレースを見渡しても、基本的にはワンメイクタイヤでのレースばかり。その中でタイヤ戦争が現存する数少ないレースカテゴリーのひとつに、日本のスーパーGTがある。
スーパーGTには、ブリヂストン、横浜ゴム、住友ゴム(ダンロップ)、ミシュラン(GT300クラスのみ)の4社が参画し、互いに競い合っている。中でもブリヂストンは2016年からGT500クラスを9連覇中と、抜きん出た強さを見せている。そこでは同社がかつてF1に参戦していた時代に培われた、タイヤの接地状態を可視化する計測技術『ULTIMAT EYE(アルティメット アイ)』なども活用され、日々進化が続いている。
今年3月からモータースポーツ管掌という役割でブリヂストンに復帰した今井弘氏は、ブリヂストンがF1でミシュランと熾烈な競争を繰り広げていた2003年からの約5年半、F1向けタイヤの開発やレースオペレーションに従事しており、まさにタイヤコンペティションの最前線にいた人物だ。彼は2009年からマクラーレンに所属してF1の上級エンジニアを歴任してきたが、16年ぶりに復職したブリヂストンで開発されるスーパーGT用タイヤを見て非常に驚かされたという。
「以前F1がタイヤコンペティションだった時代にタイヤ開発の仕事をしていましたが、それこそみんなでワイワイ言いながら色々なスペックを作りました。そしてその結果として出来上がったものは、それなりにすごいものを作ったという自負がありました」
F1でも数多くのタイトルを手にしたブリヂストン
写真: Steve Etherington / Motorsport Images
今井氏はそう語る。
「世界中のタイヤエンジニアがびっくりするようなもの、という自負です。ちょっとその中身を言えないのがもったいないくらい……(笑)」
「それから16年間離れていたので、その間ブリヂストンがどんな開発をしていたのかは知らないわけですが、今年スーパーGTでスタッフが開発してくれているスペックを見た時に『こりゃすげえや!』と。当時の自分が浅はかだと思いましたし、そういうゾクゾクするスペックを作っているのはかっこいいなと思いましたね」
スーパーGT・GT500クラスでは15台中12台がBSユーザー
写真: Masahide Kamio
開発競争という環境で起こる技術進化がいかに強烈かを如実に示すようなエピソードと言えるが、今と昔のタイヤスペックで具体的にどんな違いがあるのかについて今井氏は、詳細な回答は避けつつも「常識の枠を取り払うとどうなるか……メカニズムの原点に立ち戻った時に何ができるのかというのを考えて考えて出てきた内容だと思います」と説明した。
ただ、そんなタイヤ戦争も世界的には珍しい存在となってしまった。その要因としては、昨今叫ばれる環境対策だけでなく、高騰を続けるコストを抑えるという意味も含めた“持続可能性(サステナビリティ)”が重要視されるようになった中で、その潮流に開発競争が合致しづらくなっているという側面もあるだろう。スーパーGTもタイヤコンペティションを継続しつつ、各チームの持ち込みタイヤセット数を減らしてロングライフ化を推進するという形で、サステナビリティの向上に取り組んでいる。
「F1のタイヤコンペ時代は、相当なリソースをかけて、いわゆるパワーゲームで開発していた部分もあります」と今井氏は言う。
「F1もバジェットキャップ(予算制限)がない時代は、予算のあるところがリソースを注ぎ込んで優位性を出していく状況でしたから、それが果たして良いことなのか、という面はありました。昨年マクラーレンがチャンピオンになって、バジェットキャップの効果がようやく出てきたんじゃないかなと個人的には思います」
「また違ったレースの見え方が出てくるという点で、コンペではなくワンメイクにすることにも意味がありますし、同時にコンペで技術を突き詰めることにも面白さがある。そのあたりはケースバイケースかなと思います」
写真: Masahide Kamio
モータースポーツのタイヤワンメイク化の中でひとつ気になるのが、開発者側のモチベーションのベクトルだ。
他メーカーと競い合っている時は、自社のタイヤを履くチームが優勝するなど、レースの結果の良し悪しが励みになるという点で分かりやすい。しかしワンメイクサプライヤーとなると、エンタメ性を持たせる(たとえば性能が急激に落ちる)タイヤの開発を求められたかと思えば、その一方で安全なタイヤを供給するのは“当たり前”と受け取られる節があり、ひとたびバーストなどのタイヤトラブルが起これば槍玉に挙げられる。まさにスポーツの審判のような、ある意味損な立ち回りのようにも感じられる。
この点について今井氏に率直に尋ねると、こういう答えが返ってきた。
「私もブリヂストンで2007年から2008年の夏過ぎまでの1年半ほど、F1のワンメイクサプライヤーを経験しました。ワンメイクサプライヤーとして難しいこともありますが、ふたつ(やりがいが)あります」
「まず、『このタイヤを持っていったらこういうパフォーマンスが出るはず』というのが思い通りに行った時は、コンペで勝った時と同じように嬉しいです。『よし、うまくいっているな』と」
「逆に思い通りにいかなかった時、これがまた嬉しいんです。なぜかというと、うまくいかなかった時は学びのチャンスだからです。『そこから何が学べるんだろう』『なぜうまく出来なかったんだろう』……それがたくさんあるという意味では面白いです」
「それに供給しているチームの数だけ多くの情報が入ってきますので、どんどん技術ネタが蓄積されていきます。そういう意味でも面白いですね」
これぞ技術者のマインドセット……唸らされる。こういった人たちの飽くなき探究心が、モータースポーツ、そして自動車産業を猛スピードで前進させているのだろう。
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