【考察】フォーミュラ1はどこへゆく。次期エンジンレギュレーション策定に向け、絡み合う“政治”
2026年からは50%となっているF1パワーユニットの電動出力比率が、変更されようとしている。そして、政治的な対立構造も既に形成されつつある……。
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今シーズンから施行されたF1の技術レギュレーションに根本的な欠陥があることは、もはや共通認識になりつつある。5月初旬のマイアミGPの前には、エネルギー回生とデプロイメント(放出)の微調整が行なわれたが、これは複雑な“ダンスパフォーマンス”のほんの序章に過ぎない。
F1側からの表向きのメッセージはポジティブだ。F1のステファノ・ドメニカリCEOは英Autosportのインタビューの中で、新規則下のオーバーテイクの価値が下がっているという批判——つまりエネルギーマネジメントの重要性が高まりすぎて、人工的な追い越しになっているという批判を一蹴し、「オーバーテイクはオーバーテイクだ」と述べた。ただこれは、多くのファンが抱える不安や不満に対して、真正面から回答したとは言い難い。
その裏では技術的、そして政治的なアプローチも含めて様々なプロセスが進行している。マイアミ前に導入されたエネルギー回生・デプロイの調整は短期的な対処の一環に過ぎず、シーズンを通して段階的な調整が続く見込みだが、根本的な欠陥はフォーマット自体に内在している。
エンジン出力と電動出力の比率をほぼ50:50……つまり均等にするというコンセプトが本質的に無理があり、今回の解決策も「穴を埋めるために別の穴を掘っている」ようなものだ。
もう少し長期的に見れば、現実的な解決策は電動比率を引き下げることだ。より大容量のバッテリーを採用すれば、常に充電・放電を強いられるという欠点は軽減できるが、その代償として重量増という望ましくない影響が出る。したがって、ハードウェア改良によりエンジン出力60%、電動出力40%とする案が承認。2028年まで2年間をかけて、段階的に60:40に調整される。
この議論にも政治的な要素が絡んでいる。チームおよびパワーユニットメーカーは、自分たちの競争上の優位性を守りたい、あるいは現行ハードウェアの不利を解消したいと考えている。一方でFIAとF1は、比較的公平な競争環境を維持したい立場にあるため、両者は自然と対立することになる。
さらに別の議論として、2030年末に現行のコンコルド協定が失効して2031年にレギュレーションが変更となる場合、どのような展開を迎えるかも注目される。FIAとF1の双方は、メーカーの影響力を弱めるため、独立系メーカーの参入を穏やかに促したい意向を示しており、政治的な状況は緊迫している。
うごめく政治
政治の大まかな方向性を理解するには、統括団体FIAと商業権保有者FOM(F1)の発言を見ればよい。ドメニカリとFIAシングルシーター部門ディレクターのニコラス・トンバジスは共に、慎重に言葉を選びながらも、2022年に現行規則が合意された当初はエンジンメーカー側の圧力があったことを示唆している。
トンバジスはマイアミでこう語っていた。
「確かに政治的な状況は変化した。現在のレギュレーションを議論していた当時、深く関与していた自動車メーカーは『今後は新たな内燃機関(エンジン)はもう開発しない』と我々に伝えていた。彼らは段階的に電動化へ移行するという話だった」
「言うまでもなくそれは実現しなかった。電動化の重要性を過小評価するつもりはないが、言われていたほどには進まなかったのだ」
さらにトンバジスは、イタリアメディアに対してさらに踏み込んだコメントをしている。
「複数の関係者から、より電動要素を強めるべきだという強い指示があった。そして私の考えでは、この電動化の可能性はやや過大評価され、それが50:50を押し進めることになった」
ニコラス・トンバジス
写真: Kym Illman / Getty Images
またドメニカリは、量産車技術とレースを必ずしも結びつける必要はないとしつつも、自動車メーカーが目指す方向性に従わないといけない状況にあったと語る。
「我々は今、モビリティとレースを無理に結び付ける必要のない時代にいると思う。ただレースはチームと自動車メーカーによって行なわれる」
「2015年のディーゼルゲート(※フォルクスワーゲン・グループによる排ガス規制の不正事件。世界的なEV化の契機に)以降、メーカーの状況がどれだけ急速に変わったことか。当時私はアウディにいたからね」
「本来これらふたつ(モビリティとレース)は切り離すべきだとしても、当時はすべてのメーカーから『この方向(電動化)に進まなければ、F1には関心を持たない』という明確な意思表示があったのも事実だ。もっと率直に言えば、もし独立系のエンジンメーカーが存在していたなら、無印のF1用エンジンを用意して、それでやろうと言えたかもしれないが、そういったものは存在しなかった」
「それが5年前の状況だ。今では、電動化の流れはハイブリッド志向へと変化しているのは明らかだ。そして、持続可能燃料が適切な価格と供給量で確保できるのであれば、排出ガス問題に現実的に対処する手段になり得ることは、誰もが理解している」
現在の混乱は、利害の異なる関係者を総じて満足させる難しさを示している。FIAとしては公平で競争力のあるレースを提供したいが、コスト管理の必要もあり、そういった意味ではエンタメを維持しつつ利益最大化を図りたいF1側と利害が一致する。
一方の自動車メーカーは、投資からマーケティング効果を得たい一方で、市販車との関連性も維持していきたい。また消費者であるファンに目を向けると、客層が多様化しているとはいえ、「F1とはかくあるべき」という強い思想を持つ長年のファンも多い。
こうした中で、すべての関係者が望むものをすべて手に入れられないのは当然のことだ。ただし歴史的には、自動車メーカーの影響力は他よりも強い。2014年からのハイブリッド規則はメーカーの圧力によって導入され(例えばルノーは参戦継続の条件としてこれを要求した)、今季からの“50-50”も、自動車業界でエンジンが廃止されるという想定に基づいていた。しかしそのロードマップは延長され、内燃機関は当初の予想よりも長く——場合によっては永続的に存続することが明らかになってきた。
こうした状況の中で、FIAのモハメド・ベン・スレイエム会長の最近の強硬な発言が注目されている。彼が当初訴えたV10エンジン復活こそメーカー側の反対で頓挫したが、今回はより現実的で受け入れやすい形に修正された提案を提示している。そしてそれは、仮に関係者が反発しても自らの権限で実現できると強く主張している。
V8復活
その提案とは、自然吸気のV8エンジンに比較的低いレベルの電動アシストを組み合わせるというものだ。現在の枠組みでは、これが導入される最も早いタイミングは現行コンコルド協定が期限切れとなる2031年から。この時点でFIAは自分たちの望むレギュレーションを施行できるのだが、これほど巨額の資金が絡むビジネスにおいて、参加者に「受けるか拒否するか」の二択を迫るのはあまりにリスキーと言える。
写真: JEP
それでもベン・スレイエム会長は、それよりも1年早い2030年に新フォーマットを強行導入できると主張しており、メーカーの意向に関係なく自然吸気V8エンジンは導入されると断言している。利害関係が微妙に絡み合う中で、これは非常に攻撃的な発言だが、彼自身は交渉上優位に立っていると感じているのだろう。彼は気難しい一面はあるものの、決して無謀なことはしない、抜け目のない男だ。
メーカー側の反応も興味深い。公の発言の多くは無難なものにとどまっており、例えばターボの継続を望んでいるとされるアウディでさえも、全体としては前向きなコメントを発している。これは、彼らの影響力が以前ほど強くない可能性、あるいはまだ“宣戦布告”に踏み切る準備ができていないことを示しているとも解釈できる。
エンジンをより軽量でシンプルにすることがコスト削減と競争の促進につながるという点については、広く合意が得られている。しかし当然ながら、関係者がテーブルにつき、競争上の利害の話が絡み始めると、その合意も崩れていく。
摩擦が生じるのは細部だ。ベン・スレイエム会長は、V8エンジンの排気量を最大3Lとし、電動要素の寄与率は10%以下に抑えることを望んでいると明言している。Autosportの取材によれば、彼は内心ではこの電動要素をゼロにしたいと考えているが、それはさすがに越えられない一線であることを理解しているようだ。交渉が行なわれた末、最終的な電動比率は20〜30%程度に落ち着く可能性が高い。
メルセデスのトト・ウルフ代表は、マイアミでこう述べた。
「バッテリー側からどれだけのエネルギーを与えるべきかを考えなければならない。現実世界とのつながりを失わないためにだ」
「もし内燃機関100%に振り切ってしまえば、2030年や2031年には少し滑稽に見えてしまうかもしれない。だからそれを考慮しつつ、よりシンプルで優れたエンジンにする必要がある」
FIAのベン・スレイエム会長(左)とメルセデスのウルフ代表
写真: Watson / AFP via Getty Images
この「V8+少しの電動」というコンセプトも、開発期間を考えると今年中には合意に至る必要がある。そして仮に合意された場合も、それが人々が考えるような「エキサイティングなレースを作る単純明快な解決策」になるとは限らない。マシン全体の軽量化にも引き続き取り組む必要があるからだ。
軽量化も必要
2026年のレギュレーションが合意された当初、F1マシンは2025年までの800kg(ドライバー込み)から大幅に軽くなると期待されていた。しかし実際には768kgまでしか下げられず、しかも多くのチームがその達成に苦しんでいる。
2030年以降のルールで電動コンポーネントを縮小すれば、ある程度の軽量化は可能だが、その効果は想像ほど大きくはない。現在のパワーユニットは185kgで、2013年まで使用されていたKERS付き2.4L V8エンジンより55kg重いだけだ。
そして軽量化を目指す上で頭が痛いのは、大排気量のV8エンジンに移行すると、スタート時の燃料搭載量が大幅に増えることになる。現在の上限は100kg(各チームは90kg〜95kgでスタート)だが、かつてのV8時代にはスタート時に160kgの燃料を搭載していた。そうなれば、せっかくパワーユニットが軽くなっても燃料分でほとんど相殺されてしまうことになる。
このように、自然吸気V8への移行には課題もあるが、政治的な構図が大きく変わる可能性はある。ドメニカリが言及したような、独立系サプライヤーでも競争力のあるエンジンを供給できる環境とすれば、F1は自動車メーカーへの依存度を下げることができるからだ。
そうなると、F1委員会におけるメルセデスやフェラーリの影響力も大きく変わってくる。現在はカスタマーチームがエンジンを供給する自動車メーカーに同調する傾向があるが、それが変化する可能性があるからだ。フォード・コスワース全盛期は、チームが自動車メーカーに頭を下げる必要性もなく、ある意味F1が“民主化”していた。
Could there be a repeat of the democratisation of Formula 1 brought by Cosworth?
Photo by: Rainer W. Schlegelmilch / Motorsport Images
2030年代に同様のことが起きると想像してみてほしい。少なくとも、ウルフの影響力が抑えられることを望む人々は確実に存在する。
音の美学
2014年にハイブリッド化とダウンサイジング・ターボ化がなされてから、エンジン音とその欠如は激しい議論の的となってきた。V8時代と比べて回転数が落ちた上に、ターボ自体にもともと消音効果がある。さらにエネルギーマネジメントの必要性から、エンジンがレブリミットまで回されることもほとんどなくなった。
2014年の開幕戦オーストラリアGPの際、当時のFOMトップだったバーニー・エクレストンは、音量の変化に「愕然とした」と述べ、「レーシングカーの音ではない」とまで語った。さらに往年の名ドライバーたちも不満の声を挙げ、排気音に独特の“ざらつき”を加えるための応急処置的な対策がいくつか導入された。
エンジン音は今でも、「古き良きF1」への回帰を望む人々のウィッシュリストに載っている。しかし、2030年以降のエンジンレギュレーションを検討するにあたっては既に厄介な問題が山積み。オーバーテイク増加を狙うにあたっても「どのくらいの追い越しがあればいいのか」という程度問題があるのと同様に、「どれくらいの音量がちょうど良いのか」という点で合意に達することは可能なのだろうか。
V10s are widely lauded as the aural panacea – and seemingly the cure for all F1’s ills
Photo by: Lorenzo Bellanca / Motorsport Images
音量の問題に関しては、2014年以降に論調の変化もあった。メーカーの中には、以前の音量レベルへ戻すことが、マイアミ、ラスベガス、ジェッダ、マドリードといった比較的最近F1を誘致した都市型サーキットでのレースにおいて大きな問題を引き起こす可能性があると指摘する声もある。また、シンガポールやモナコといった既存の開催地においても、影響は無視できないかもしれない。
往年のファンには受け入れがたいかもしれないが、F1の観客層はより多様化しており、小さな子どもを連れた家族も増えている。過去のような大音量への回帰は、こうした層にとっては敬遠される要因となり得るし、レース中でも支障なく商談を行なうことに慣れているVIPや企業関係者にとっても不快かもしれない。もっとも、そういったVIPの存在が現在のF1を支えているからこそ、F1側は彼らのことをなおさらケアしなければならない。
また、どれくらいの割合のファンが「もっとエンジン音を高く、大きくしてほしい」と考えているのか、そしてどの程度までを望んでいるのかについて、十分な調査が行なわれているのかという疑問もある。
したがって音の問題もオールドファンと新規ファンの摩擦を生む要因となる可能性が高い。最適解は“ちょうどいい”バランスにすることだろうが、これも非常に主観的な問題であり、誰もが満足する結果になることはないだろう。
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