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【特集】千載一遇のチャンスで輝きを放った……代役F1ドライバーの活躍を振り返る

2020年のF1サクヒールGPでは、新型コロナウイルス陽性となったルイス・ハミルトンに代わり、未だキャリア無得点のジョージ・ラッセルが最強メルセデスのマシンをドライブする。今回は代役出場で印象的なパフォーマンスを見せたF1ドライバーたちを振り返る。

【特集】千載一遇のチャンスで輝きを放った……代役F1ドライバーの活躍を振り返る

マリオ・アンドレッティ(1982年:フェラーリ)

Mario Andretti with Elio de Angelis

Mario Andretti with Elio de Angelis

Photo by: Ercole Colombo

 1982年、ジル・ビルヌーブをゾルダーでの事故で失ったフェラーリだが、ドイツGPではチームメイトのディディエ・ピローニまでもが再起不能となるアクシデントに見舞われてしまう。そんなフェラーリが終盤2戦に起用したのが、1978年のチャンピオンで、当時42歳のアンドレッティだった。アンドレッティはフェラーリの地元イタリアGPでいきなりポールポジションを獲得し、レースでも3位表彰台を獲得。悲劇的なシーズンとなったフェラーリのコンストラクターズタイトル獲得に貢献した。

ロベルト・モレノ(1990年:ベネトン)

Podium: winner Nelson Piquet, Benetton Ford, second place Roberto Moreno, third place Aguri Suzuki, Lola Lamborghini

Podium: winner Nelson Piquet, Benetton Ford, second place Roberto Moreno, third place Aguri Suzuki, Lola Lamborghini

Photo by: Motorsport Images

 ネルソン・ピケとアレッサンドロ・ナニーニのコンビで1990年シーズンを戦っていたベネトン。しかし日本GPを前にナニーニがヘリコプター事故によって重傷を負ってしまった。そこで白羽の矢が立ったのが、弱小ユーロブルンをドライブしていたモレノ。同郷の先輩であるピケと師弟コンビを組むこととなった。迎えた日本GPでは、ピケとモレノがワンツーフィニッシュ。モレノは感極まり号泣した。なおモレノにとってはこの鈴鹿での2位がキャリア唯一の表彰台となった。

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ミハエル・シューマッハー(1991年:ジョーダン)

Michael Schumacher, Jordan

Michael Schumacher, Jordan

Photo by: Rainer W. Schlegelmilch

 F1歴代最多となる7度のドライバーズタイトルを誇るシューマッハーのF1デビューも、代役出場だった。ジョーダンのベルトラン・ガショーがタクシー運転手とのトラブルにより逮捕されてしまったのだ。スパ・フランコルシャンでのベルギーGPにジョーダンのドライバーとして乗り込んだシューマッハーはいきなり予選7番手を獲得。決勝ではクラッチトラブルによりオープニングラップでリタイアとなったが、その鮮烈なパフォーマンスが翌戦からのベネトン入りに繋がった。これによりベネトンを追われたのが前述のモレノである。

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ニコラ・ラリーニ(1994年:フェラーリ)

Nicola Larini, Ferrari 412T1

Nicola Larini, Ferrari 412T1

 フェラーリのテストドライバーを務めていたラリーニは1992年の終盤2戦にも出場しているが、彼のキャリアで最も印象深いのは1994年と言える。テストでの事故で負傷したジャン・アレジに代わり、パシフィックGPとサンマリノGPに出場。1987年のF1デビュー以降一度も入賞がなかったラリーニだが、ローランド・ラッツェンバーガーとアイルトン・セナが事故死する悲劇的な週末となったサンマリノGPでは2位表彰台を獲得した。

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ナイジェル・マンセル(1994年:ウイリアムズ)

Podium: race winner Nigel Mansell, Williams, second place Gerhard Berger, Ferrari, third place Marti

Podium: race winner Nigel Mansell, Williams, second place Gerhard Berger, Ferrari, third place Marti

Photo by: Sutton Images

 サンマリノGPでセナを亡くしたウイリアムズは、代役としてテストドライバーだったデビッド・クルサードをデビューさせたが、アメリカのCARTに参戦中だったマンセルも日程の重複しないレースで起用した。1992年にウイリアムズでF1王者となったマンセルは、グリッド上でただひとりのチャンピオン経験者として、フランスGP、ヨーロッパGP、日本GP、そして最終戦オーストラリアGPに出走した。最終戦オーストラリアGPではポールポジションからのスタートに失敗しシューマッハーとデイモン・ヒルの先行を許すが、タイトルを争うふたりが接触したことにより、マンセルにラッキーな優勝が転がり込んできた。彼にとってこれがキャリア最後の優勝である。

ミカ・サロ(1999年:フェラーリ)

Eddie Irvine, Ferrari and MIka Salo, Ferrari

Eddie Irvine, Ferrari and MIka Salo, Ferrari

Photo by: Sutton Images

 フェラーリのシューマッハーとマクラーレンのミカ・ハッキネンとの一騎打ちになるかと見られていた1999年シーズンは、イギリスGPのクラッシュでシューマッハーが脚を骨折し長期欠場となったことから一気に様相が変わった。エディ・アーバインがフェラーリのエースとなり、そのサポート役として起用されたのがサロだった。サロはドイツGPで首位を快走するも、チームオーダーによってアーバインに順位を譲り2位に。アーバインはレース後「彼の気持ちはよく分かる」と語り、サロのアシストに感謝した。

ペドロ・デ・ラ・ロサ(2006年:マクラーレン)

Pedro de la Rosa, McLaren Mercedes MP4-21 crosses the line

Pedro de la Rosa, McLaren Mercedes MP4-21 crosses the line

Photo by: Sutton Images

 2006年、シーズン途中でマクラーレンを離れたファン・パブロ・モントーヤの代役として起用されたのが、当時テストドライバーを務めていたデ・ラ・ロサだった。難コンディションのハンガリーGPでは、フェラーリのシューマッハーをオーバーテイクし、ホンダのジェンソン・バトンに次ぐ2位でフィニッシュ。チームに恵まれてこなかったデ・ラ・ロサだが、キャリア唯一の表彰台を記録した。

マルクス・ビンケルホック(2007年:スパイカー)

Markus Winkelhock, Spyker F8 VII

Markus Winkelhock, Spyker F8 VII

Photo by: Sutton Images

 たった1度きりのF1ドライブで強烈な印象を残したのが、2007年ヨーロッパGPでのビンケルホックだ。最後尾スタートだったビンケルホックは、荒天を見越したチームの判断で、フォーメーションラップ中にピットインしウエットタイヤに交換。チームの読みは当たり、レース開始直後に豪雨となったため、ビンケルホックはたちまちレースリーダーに躍り出た。レースはその後赤旗中断となったが、再開後のビンケルホックはズルズルと順位を落とし、最終的に油圧系トラブルでリタイアした。

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小林可夢偉(2009年:トヨタ)

Kamui Kobayashi, Toyota TF109

Kamui Kobayashi, Toyota TF109

Photo by: Andrew Ferraro / Motorsport Images

 2009年日本GPの予選中、トヨタのティモ・グロックが最終コーナーでクラッシュして負傷。その代役としてブラジルGPとアブダビGPに出場したのが小林だ。F1デビュー戦となったブラジルGPを9位で終えた小林は、続くアブダビGPではチームメイトのヤルノ・トゥルーリを上回り6位入賞。この年のチャンピオンであるブラウンGPのバトンと2戦とも一歩も引かないバトルを繰り広げたことも話題となった。この年限りでトヨタはF1から撤退することとなったが、この2戦の走りがザウバーの目に留まり、小林は2010年のレギュラーシートを手にすることができた。

ニコ・ヒュルケンベルグ(2020年:レーシングポイント)

Nico Hulkenberg, Racing Point RP20

Nico Hulkenberg, Racing Point RP20

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 “スーパーサブ”の活躍として記憶に新しいのが、コロナ禍に見舞われた2020年、レーシングポイントでのヒュルケンベルグだ。2019年限りでF1レギュラーシートを失っていたヒュルケンベルグは、新型コロナウイルスに感染したセルジオ・ペレスの代役として、シルバーストンで行なわれたイギリスGP、F1 70周年記念GPに出走。急遽の出場となった前者はトラブルにより決勝をスタートできなかったが、後者は予選3番手を獲得。決勝でも7位に入った。また、ランス・ストロールが体調不良を訴えたアイフェルGPでは、予選からの“ぶっつけ本番”参戦に。予選は最後尾に終わるも、決勝では見事な追い上げを見せ8位でフィニッシュして見せた。

 

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シリーズ F1
執筆者 戎井健一郎