F1新人アントネッリが神童と呼ばれる理由。カート時代にメルセデスが発見した才覚と“獅子の子落とし”育成で磨かれた能力
10代の頃からアンドレア・キミ・アントネッリを見てきたメルセデスの育成担当が、彼がいかに際立った才能の持ち主であるかを語った。
Andrea Kimi Antonelli, Mercedes-AMG F1 Team
写真:: Sam Bloxham / Motorsport Images
メルセデスのドライバー育成アドバイザーを務めるグウェン・ラグルーは、新人F1ドライバーのアンドレア・キミ・アントネッリがなぜカート時代から一目置かれる存在であったのか、そして育成プログラムの中でいかにさらなる才能が花開いたをか語った。
フェルナンド・アロンソ(現アストンマーティン)がルノーで自身2度目のF1世界タイトルを獲得した2006年にこの世に生を受けたアントネッリは、グリッド最年少の18歳、かつフェラーリへ移籍したルイス・ハミルトンの後任としていきなりビッグチームであるメルセデスからF1デビューを果たすという困難な挑戦に立ち向かうこととなる。しかしチームは、カート時代から既に際立った存在だったアントネッリの資質が、世界最高峰のフォーミュラに相応しいモノだと考えている。
11歳の時にメルセデスの育成ドライバーとなったアントネッリは、チームの育成プログラムを率いるラグルー監督のもと、サウスガルダ・ウィンターカップやWSK、CIK-FIAヨーロッパ選手権などヨーロッパのカートシーンで活躍し、その名声は既に世界中に鳴り響いていた。
アントネッリは15歳の誕生日を迎えライセンス発行条件を満たすと、すぐにカートから四輪にステップアップ。2021年のイタリアF4に参戦し、翌年にはイタリアとドイツのF4で2冠を達成した。
アントネッリは2023年にフォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパ選手権byアルピーヌ(FRECA)で参戦初年度にチャンピオンを獲得。メルセデスはアントネッリにFIA F3をスキップさせ、ジュニアフォーミュラのフル参戦3年目となる2024年にF1直下のFIA F2に投入することを決定した。
ハミルトンがフェラーリへの移籍を決めたことで、メルセデスはアントネッリの育成をさらに加速させ、7度の世界チャンピオンの後任として準備を整えるべくプライベートテストプログラムを強化した。
アントネッリの肩にかかる重圧は大きい。特にフォーミュラでの経験が浅く、18歳になったばかりの若者がF1に適応できるかどうかはまだ分からない。しかしどちらかといえば、アントネッリがF1で急成長するために求められる順応性こそ、メルセデスが“この子は特別な存在だ”と感じた特性そのモノだ。
「キミの場合、私は彼が既にカートの他の子どもたちとは少し違うことにすぐ気がついた」
ラグルーはmotorsport.comに語った。
「しかし当時はただ、『OK、彼は我々が手にできる最高のカートドライバーだ』と考えていた。F1のことは考えてもいなかった」
Andrea Kimi Antonelli
「そしてフォーミュラでの初テストを実施した時、彼があらゆる状況に素早く適応しているのを見て、彼がとても特別なドライバーなのだと思った」
「もちろん、だからといって彼が全知全能というわけではない。彼を成長させ、導き、ミスから学ばせるためには、まだまだ努力が必要だ。それは学習プロセスの一部だ」
「私としては、ドライバーが準備をするという点では、最近フォーミュラ・リージョナルがかなり発展してきたし、フォーミュラ・ルノー・ユーロCUPと呼ばれていた以前から、そのままF3やF2に昇格した子どもたちがパフォーマンスを発揮し、ほとんどの場合レースで勝ってきたのを何年も見てきた」
「キミがFRECAであれだけのパフォーマンスを見せた時、まずF3に行けばもっと成長するという確信があったわけではなかった。しかし私は、最終的により多くの挑戦に立ち向かえるような状況に彼を置きたかった。もちろん、それには少し準備が必要だった」
「ただ同時に、これは彼がこれまで直面したことのない自身の限界を知る環境に置くためでもあった。彼がいつも簡単に勝っていたとは言わないが、そんな感じだった」
Andrea Kimi Antonelli, Prema Racing
Photo by: Andrew Ferraro / Motorsport Images
「彼は常に圧勝で、誰かを追いかけるというよりも、いつも倒すべき相手になっていた。例えば(フェラーリ育成の)ラファエル・カマラや他の何人かの秀でたライバルがいたとしても、彼は全てにおいてトップだった」
「だからそう(F2に投入)することで、我々はまず彼が新しいF2を学び、最終的にチャレンジングであればF2をもう1年やるか、F1の状況次第では、少なくともF1への準備を加速させることを念頭に置いていた。もちろん、我々が考えていたことを、彼はシリーズを重ねるごとに積み上げていったのだ」
メルセデスがアントネッリに新たな挑戦をさせようということを目的としていたのだとすれば、F2参戦初年度は思い通りになったと言えるだろう。新しいF2マシンに適応することに加え、所属チームの名門プレマは珍しく苦戦。チームメイトだったオリバー・ベアマンもシーズン開幕当初は結果に苦しんでいた。
フェラーリとハースでの代役F1参戦によってF2レース欠場を強いられたこともありベアマンは最終的にF2ランキング12位となったが、代わりにF1シートを獲得するに相応しいポテンシャルを示し、2025年はハースからフル参戦を果たすこととなった。
一方でアントネッリは、スプリントレースとフィーチャーレースで1勝ずつをマーク。あとはもう1回の表彰台獲得だけで、体調不良による最終戦アブダビ欠場もあり、F2ランキング6位に終わった。
しかしラグルー曰く、アントネッリはF2での波乱万丈なシーズンを通じて、あまり発揮されることのなかったスキルの一端を開花させたという。
「通常、F2をリードするチームにはある程度一貫性があり、プレマ、ART、カーリン(現在のローディン)……いくつかのチームは、F2で結果を出すためには頑張らなければならないところもあるというのは理解している」とラグルーは言う。
「しかし、新しいF2は異なる課題をもたらし、ビッグチームもF2に上手く適応できていないことが分かった」
Andrea Kimi Antonelli, Mercedes F1 W15, leaves the garage
Photo by: Sam Bloxham / Motorsport Images
「プレマは素晴らしいパフォーマンスを見せてきたし、一流のエンジニアもいた。我々は、キミを非常に強力な環境に置き、基本的には好成績を出すだろうと考えて送り込んだ。そして、少し苦戦したようだ」
「でもある意味、とても興味深かった。キミがこのような困難に対処することで、我々は彼のこれまで見たことのない部分を発見することができた。我々は困難な週末に対処するために彼を助ける必要があったが、それはこれまでなかったことだった」
「彼は常に勝つこと、あるいは優勝争いをすることに慣れていたが、2024年は初めて、勝てないこと、パフォーマンスを発揮できないこと、そして時には本当に厳しい週末に対処しなければならないことを体験した」
「こういった困難な状況において、彼の成熟度とリーダーシップには非常に感銘を受けた。結局、我々が対処しなければならなかったことを考えれば、彼はF2で非常に強力なシーズンを送ったと言える」
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