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今季は“フェラーリ史上最悪の1年”となるのか? 過去苦戦したシーズンを振り返る

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今季は“フェラーリ史上最悪の1年”となるのか? 過去苦戦したシーズンを振り返る
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2020年は史上稀に見る大苦戦となっているフェラーリ。彼らの不振はF1における70年の歴史の中で最悪レベルなのか? 今回は跳ね馬が苦杯をなめたシーズンをピックアップして振り返る。

 F1世界選手権がスタートした1950年から参戦を続けている、言わずと知れた名門チーム、スクーデリア・フェラーリ。彼らはF1と共に70年に渡る歴史を積み上げてきた中で、黄金期から低迷期まで、様々な時期を経験してきた。そんなフェラーリが2020年シーズン、史上稀に見る不振にあえいでいる。

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 今季はここまで7レースを消化したが、シャルル・ルクレールが荒れた展開となった開幕戦オーストリアGP(2位)と第4戦イギリスGP(3位)で表彰台を獲得したものの、それ以外は中団での戦いが続いており、4度のF1王者であるセバスチャン・ベッテルに至っては、最高位6位とキャリア最低水準の成績となっている。また、高速サーキットのスパ・フランコルシャンで行なわれた第7戦ベルギーでは、今季マシンSF1000の直線スピード不足が深刻なまでに露呈し、予選Q1を突破するのがやっとという惨状であった。

 今季のフェラーリが見せているパフォーマンスは、70年の歴史の中で最低なのではないか……そんな声も聞かれているが、今回はフェラーリが歴代で苦戦したシーズンについて振り返ってみる。

1、1962年シーズン(優勝0回、表彰台4回、コンストラクターズランキング6位)

Ricardo Rodriguez, Ferrari 156

Ricardo Rodriguez, Ferrari 156

Photo by: Sutton Images

 1950年から2019年までの70シーズンの内、フェラーリが年間未勝利に終わったシーズンは13ある。その中でも、最も古い“低迷シーズン”と言えるのが、1962年シーズンだ。

 前年に“シャークノーズ”の156を投入したフェラーリはシーズンを席巻。フィル・ヒルがドライバーズチャンピオンに輝き、コンストラクターズとの2冠を達成した。しかしながら翌1962年はBRM、ロータスといったイギリス勢が台頭。156を駆るエースのヒルは序盤戦こそ3戦連続表彰台を獲得したが、以降は予選でも中団に埋もれるレースが続き、ポイントを加算できないままチームを追われる羽目となった。

2、1969年シーズン(優勝0回、表彰台1回、コンストラクターズランキング5位)

 

 1962年の不振の後、1965年、1967年も未勝利に終わったフェラーリだが、1969年は特に散々な成績に終わった。

 クリス・エイモンの1台体制でシーズンをスタートさせたが、同年型の312は信頼性が皆無で、前半6レース中1度しか完走できなかったエイモンはシーズン途中でチームを離脱。後任となったペドロ・ロドリゲスも目立った成績は残せず、コンストラクターズランキング5位に沈んだ。

 

3、1973年シーズン(優勝0回、表彰台0回、コンストラクターズランキング6位)

Jacky Ickx, Ferrari 312B2 in the spare car

Jacky Ickx, Ferrari 312B2 in the spare car

Photo by: Motorsport Images

 1973年シーズンは、フェラーリが1年を通して表彰台すら獲得できなかった初めてのシーズンである。

 ドライバーはジャッキー・イクスとアルトゥール・メルツァリオ。旧型の312B2で表彰台を獲得できなかったフェラーリは、スペインGPから312B3を投入するが、入賞がやっとの状態にまで成績は悪化。終盤にはイクスがチームを離脱するなど、低迷期特有の“お家騒動”まで飛び出し、史上最低クラスの成績に終わった。

4、1980年シーズン(優勝0回、表彰台0回、コンストラクターズランキング10位)

 

 おそらく、現時点で最もフェラーリが苦戦したシーズンが、1980年シーズンと言えるだろう。コンストラクターズランキング10位に沈んだのは、後にも先にもこの年だけだ。

 前年は、ジョディ・シェクターとジル・ビルヌーブが312T4を駆り6勝。表彰台も13回を数え、ダブルタイトルを手中に収めた。1980年もドライバーラインアップは継続となったが、同年に投入された312T5は駄作で、予選・決勝共に下位に沈んだ。特に第13戦のカナダGPの予選ではビルヌーブが22番手、シェクターに至っては26番手で予選落ちという目も当てられない結果に終わり、名門チームとは思えない成績に終わった。

5、1986年シーズン(優勝0回、表彰台5回、コンストラクターズランキング4位)

 

 1985年はミケーレ・アルボレートがタイトルを争う活躍を見せていたフェラーリだったが、翌1986年は1980年以来の未勝利に終わった。アラン・プロスト(マクラーレン)、ナイジェル・マンセル(ウイリアムズ)、ネルソン・ピケ(ウイリアムズ)、アイルトン・セナ(ロータス)といった“4強”が繰り広げるタイトル争いから蚊帳の外となり、3位表彰台を4度獲得したステファン・ヨハンソンがランキング5位に入るのが精一杯だった。

6、1992年シーズン(優勝0回、表彰台2回、コンストラクターズランキング4位)

 

 前年はプロストを擁しながらも5年ぶりの未勝利に終わっていたフェラーリだったが、翌1992年はさらに不振を極める形となった。F92Aは意欲作であったがV12エンジンとのパッケージングが悪く、半数以上のレースで完走できず、気鋭のジャン・アレジが2度3位を獲得するにとどまった。この不振は翌年も続くことになる。

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7、1993年シーズン(優勝0回、表彰台3回、コンストラクターズランキング4位)

 

 前年不振に陥ったフェラーリは、アレジのチームメイトにゲルハルト・ベルガーを起用したが、調子は上向かず。予選ではウイリアムズ、マクラーレン、ベネトンといったトップチームだけでなく、リジェや鈴木亜久里擁するフットワークなどの中堅チームにも敗れる場面があった。結果的に獲得ポイントは前年から微増(21→28)したものの、コンストラクターズランキングは2年連続の4位に終わった。

8、2009年シーズン(優勝1回、表彰台6回、コンストラクターズランキング4位)

 

 ここまで挙がっているのは全て、フェラーリが未勝利に終わったシーズンとなっているが、1勝を挙げた2009年も跳ね馬が大いに苦戦したシーズンとして記憶に新しい。

 ミハエル・シューマッハーが加入して以降、長らく黄金時代を築いていたフェラーリ。彼の(1度目の)引退後も2年連続でコンストラクターズタイトルを手にするなど順調に見えていたが、レギュレーションが大きく変わった2009年は、F1の勢力図を大きく変えることとなった。

 フェラーリは同年から導入されたKERS(運動エネルギー回生システム)を搭載したが、その重量がネックとなり、開幕から3戦連続ノーポイントとなるなど、KERS非搭載のブラウンGPやレッドブルから後れを取った。フェリペ・マッサがハンガリーGPでの事故の影響で負傷欠場となった後はルカ・バドエルとジャンカルロ・フィジケラが代役を務めるもF60に全く適応できず。キミ・ライコネンは得意のベルギーGPで優勝を飾ったが、その後のシンガポールGPとアブダビGPでは予選Q2落ちを喫するなど、最後までピリッとしないシーズンだった。

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9、2014年シーズン(優勝0回、表彰台2回、コンストラクターズランキング4位)

 

 いわゆる“パワーユニット元年”の2014年、フェラーリは1993年以来21年ぶりの未勝利に終わった。フェルナンド・アロンソ、そしてライコネンというチャンピオン経験者ふたりの豪華ラインアップでシーズンに臨んだが、メルセデス、レッドブル、ウイリアムズの後塵を拝することとなった。

 アロンソはコンスタントに入賞を重ねたものの、表彰台は2回にとどまりランキング6位。ライコネンは予選Q2落ちや決勝でも中団を走ることが多く、ランキング12位に終わった。このシーズンを最後にアロンソが離脱し、ベッテルが加入することになる。

 

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この記事について

シリーズ F1
チーム フェラーリ
執筆者 戎井健一郎